ようこそ KMC学習所へ 令和3年10月15日更新

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 令和元年末に世界のコロナ危機が始まった。我が国でも、令和2年の始めに感染の拡大が発生し、第一波の波を経験した。当初の日本の波は、欧米で発生した波に比べて日々の新規感染者数も少なく、国民の多くが、比較的簡単に収まるであろうと安堵していた。第一回の緊急事態宣言が発出され、感染状態はある水準まで鎮静化できた。しかし、その後の政府の安易な「GoToトラベル」の推進が影響して、夏頃から年末にかけて、第一波に勝る第二波、第三波、第四波が発生し、医療部門が対応に苦慮した。

 令和3年になっても感染拡大が続き、2月に2回目の緊急事態宣言を発出して、やや減少傾向が見られある水準まで沈静化された。その後下げ止まり状態が続き、余談を許さない状態が続いた。3月初めに緊急事態宣言を2週間延長し、3月21日に医療体制が逼迫した状態でなくなったという理由で宣言を解除した。解除2週間後に、再び感染が増加傾向に変わり、関西圏、首都圏を含めて、第四波の拡大を警戒しなければならない状態になった。

 関西圏で従来型のウイルスから英国型の変異ウイルスに置き換わり、変異型のウイルスによって感染が急速に拡大し、重症化率も高くなり、実効再生産数も大きくなった。その後、この変異型の傾向が首都圏にも移動し、変異型の割合の伸びにつれて新規感染者数も急増し、世代に関係なく重症化率も高くなった。4月末に、第3回目の緊急事態宣言が発令され、ゴールデンウィーク明けにやや感染が鎮静化する傾向が見えたが、鎮静化の減少率が次第に小さくなるにつれて高止まりの状態が続く傾向が示されるようになり、緊急事態宣言は6月20日まで延長された。その後、蔓延防止対策で感染拡大の抑制を図ったが、感染が拡大する傾向が続いたため、7月12日から8月22日の期間に第4回目の緊急事態宣言が発出された。今回の緊急事態宣言はオリンピック開催によって感染が拡大するのを防止する目的であり、この宣言によって感染が鎮静化することを期待したものではない。オリ・パラの影響、夏期休暇の影響などを少なくし、その間にワクチン接種を拡大し鎮静化を図りたい政府の狙いであったが、オリンピック開催とともに感染は拡大し、ワクチン接種もサプライチェーンの問題で予定通りに進まなくなり、緊急事態宣言の期間を8月末まで延長した。

 最も懸念すべき現象は、高止まりのレベルが波が増す毎に次第に高くなっていることである。昨年年始の行動による第1波後の東京の新規感染者数は30人/日、昨年のゴールデンウィークや夏休みの人の行動による第2波後は150人/日、GoToトラベルによる旅行ムードと年末・年始の行動による第3波後は254人/日、英国型ウイルスへの置換と年度初めやゴールデンウィークの人の行動による第4波後は388人/日と増加していった。新しい波が過ぎる度に高止まりする値の増加傾向が続いている。そのレベルが高くなる原因は、変異ウイルスへの置換が波とともに進み感染を拡大させたためである。このような波の繰り返しは集団免疫ができるまで続き、その間にウイルスの変異が現れ複雑な感染状態が生じ、対象の閉鎖領域の変化や集団免疫形成の条件を複雑化させる危険性が危惧される。

 ワクチン接種は、5月に入り医療関係者、高齢者の順に徐々に始まったが、未だに全人口の50%前後であり、接種が着実に進んでいない。政府は1日100万回の接種を目標に、東京と大阪で集団接種計画を進め実施したが、ワクチンのSCM問題や世界の需給アンバランス問題、ブースター接種問題などが発生している。若年者・中年者対象のワクチン接種を一刻も早く進め、集団免疫の確保を狙う政府の対策も円滑とは言えない。このままだと、集団免疫の確保は早くても令和4年の春以降になるだろう。政府の対策はここでも適切に対応できていない。自粛の要請と勝利の歓喜が報道される度に「安全・安心」の言葉を無意味化し、緊急事態宣言すら打ち消され、頼みのワクチン接種で失敗すると日本の防疫体制も危険になる。

 オリンピック開催を支持率向上に活用したい菅政権は、「オリンピック開催ありき」を前提に、コロナ禍に対応する防疫知識が欠如しているにも関わらず、十分な議論や検討を行わない状態で開催に向って行動を進めた。世界のオリンピック関係者は、他国よりも感染者数も少なく日本の首相が開催できると言っているのだから、日本国内ならば安全・安心に開催できるだろうとの期待を頼りに行動した。IOCは事業根性を丸出しに、日本国民の開催に否定的な世論をも無視して、世界や日本のアスリートを利用して「コロナに打ち勝った証」を主張し、開催を積極的に進めた。それに便乗して、日本の関係者もオリンピックの開催の有無はIOCで決めることであり、IOCが開催すると言っている以上、日本は否定できないという姿勢のもと無責任に開催必至の姿勢を貫いた。しかし、ウイルスの変異とともに感染拡大はオリンピック終了後も鎮静化せずに続いている。オリンピック中に感染を拡大した第5波の感染波は、感染者が重篤化しても入院して治療できない医療崩壊の現象を日本全国に拡大してしまった。

 世界の感染状態、日本の感染状態を適切に評価し、世界や日本の多くの庶民が日常生活を問題にせずに、喜んでオリンピック開催に参画できるのかどうかなどを検討することもなく、パンデミックを無視して、政府は事態を進めた。日本の国民や世界主要国の人達の8割以上が開催は困難であると考えているのに反した行動を行った。この状態では医療体制も根底から破綻し、庶民の「命の選別」が始まるという意見も無視した。日本国民や世界の多くの人々の命を危険に晒したり、犠牲を犯してまで、オリ・パラを開催する価値があったのであろうか。オリ・パラは中止すべきイベントであった。このような現象が発生するのもグローバリズムが辿り着いた一つの世界の問題であろう。日本政府や東京都の指導者がこの間にとった行為は明らかに間違であった。リスク管理の無能さを今後の課題として残した。


 オリンピック開催前後に第5波の感染拡大の波が押し寄せて、日本全体が医療体制の問題を含めて混乱に陥る可能性が大きく、オリンピック史上最悪の事態になることが予想された。政権維持を図りたい政府と自民党は形振り構わず、戦略なき感染対策を場当たり的に繰り返し実施してオリ・パラ開催を進めた。オリンピック開会式後も、庶民は外出自粛を要請され、ステイホームでオリンピックの観戦を求められた。

 オリンピックのお祭りムードと感染予防のためのステイホームや外出自粛要請という相矛盾する行動を庶民に同時に要求したために、緊急事態宣言の発出中にもかかわらず市中の人流は増加傾向を示すようになり、オリンピック期間中も、終了後も、感染の波は収束しないで感染拡大を続け、終了後に、日々の新規感染者数が5000人を超える規模まで拡大させてしまった。その後も拡大が続いている。

 オリンピック開催後の第5波の感染波が高まり、新しい変異ウイルスが蔓延するようになると、新規感染者数の規模も毎日5000~10,000人に拡大する恐れがあり、医療体制が危機的状態に陥ることが懸念されていた。PCR検査結果が陽性になっても即入院とならず自宅待機が要請され、患者の症状が急変しても入院先が見つからずに肺炎が悪化し生命が奪われるケースが発生するようになっている。オリンピック開催によって日本の獲得したメタル数を上回るコロナによる死者が続出してもオリンピックは成功したと言えるのであろうか。

 政府が期待しているワクチン接種も、日本社会の集団免疫や世界の集団免疫が確立されて、はじめて安心できる体制になるのであってそれまでは油断できない。ワクチンについては、世界的な需要・供給の問題があり、国内的にはSCMの問題があり、自給自足体制の不備やブースター接種の問題など多くの課題が山積しており、接種が進めば感染が鎮静化すると言うことにはならない。ここにも、先進国日本が今までに怠っていた課題がクローズアップしてくる。

 政府や自治体が進めている感染対策では効果は期待できない。コロナ感染が人間の防疫システムよりも先行する状態を繰り返すようでは「コロナに制御されている社会」と言っても過言ではない。コロナの行動は人の行動によって決まっている。人の行動を適切に制御できない政府や自治体の愚かさが問題となる。ウイルス感染現象の実態を科学的に把握・認識し、それに影響している人の行動や社会現象に着目し、それらの実態を認識できるセンサーの仕組みを検討し活用し、対策を実施するタイミングや実施する手段などを社会科学や自然科学などの観点から検討し実行ないと適切な対応は行えない。オリ・パラや各種イベントの実施は感染を広めるだけで鎮静化させることはできない。コロナに感染した人やグループを素早く見つけ、その人やグループを特定して、それら人達を完全に隔離すればよいのだが、対象物の特定に時間がかかり、管理が十分に行えず後手の対策になってしまっている。その原因は無症状感染者の存在や対象の閉鎖領域の特定、範囲、個数などが明確にされず思い込みで対応しているからである。現在行っている対策ではコロナを鎮静化させることができないであろう。ロックダウン対策についても、「実行しても効果がない」という菅首相の説明は正しくない。感染者の隔離が感染拡大を防止する手段であるならばロックダウンは意味がある。しかし、家庭内にまで感染が日常的に広まる感染環境になると従来のロックダウンでは効果をなさなくなってしまう。

 平成30年間の失政が、こんなに日本社会を駄目にしてしまったのかを考えると今後が不安である。自立する能力を失いかけている現在の自民党政権では、先進国としての日本の存在が危惧される。前首相の「皆で頑張れば可能」という言葉も空しく、的確な答えにはならない。日本の現状では、国民は「自らの命を自ら守る覚悟」が必要である。デジタル化を推進しても復旧はできない。パンデミックからの立て直しは、単純にコロナを駆逐する問題ではないという認識を持つことが重要である。日本人の英知を集め、戦後日本復興を行った努力を新しい観点で行う必要がある。

 今秋に実施される国政選挙によって、これからの日本の社会問題に関して国民がどのような意思表示を表すかが、今後の日本国の進んでいく道を決めることになるであろう。現在の手直し程度の改め方では日本列島は沈没する。日本国民は列島とともに海底に沈むことを選ぶか、列島を脱出して他国への流浪の旅立ちを選ぶか、国民が一致団結して「コロナ敗戦」からの立て直しの道を選ぶか、いずれかの答えを選択することになる。安倍・菅内閣が継続されるようでは日本の前途は暗闇になる。自民党が党内の自浄作用で日本の政治を変革できるのか。野党が善戦して変革の芽を育てられるのか。国民の一票が質の悪い政治家を政界から駆逐して手直しが可能になるのか。いずれかの選択が必要になる。

 

 コロナ危機に遭遇して、日本の国が抱えている多くの社会問題が赤裸々になってきた。昭和の末期から平成時代30年の間に心配していたことであるが、日本の社会は質的にも量的にも劣化した。社会が劣化したことは、日本国民の生活が劣化したことになる。最も大きく劣化したのは政治的な劣化である。戦後生まれの民主主義を理解できていない世代や敗戦復興後の豊かさだけを満喫し尽くしてきた世代の世襲政治家としての台頭が、日本の社会を正しく導くことができなくなり、「虚飾と傲慢さ」が横行する社会になってしまった。その結果、ピーターの法則が示すように、コロナ危機という21世紀の世界的な災害に遭遇し、適切に対応できる能力を失い、国民を不幸に導く事態になっている。

 民主主義的考え方の劣化が甚だしく、必要以上に権力を行使する傾向が強くなった。欧米の先進国と比較しても、その傾向が種々の面で顕著に現れている。オリンピック開催に関しても、開催国に相応しい国であったかどうかの疑問を感じる。パンデミック下でのオリンピック開催を中止する勇気もなく、自らを適切に制御する能力も失ってしまった。これだけの大イベントを成り行き任せで実行すると、随所で綻びが発生し、適切な対処が不能になるのは当然のことである。オリンピックのスケジュールは消化できたが、その間に首都圏を中心にコロナ感染を広め、全国の医療体制が崩壊する危機を招いてしまった。感染者は重篤化しても直ちに入院できずに、命を落とした人も現れた。

 オリンピック開催との関係を別にしても、社会が抱える種々の問題を無視することはできない状態になってきている。科学技術力の低下や経済成長力の後退、国民の生活水準の劣化、社会の仕組みの弱体化、政治体制の陳腐化、デジタル化の遅れ、医療体制の不整備、緊急事態体制の不整備、多様化の遅れ、貧富の格差、教育格差、子供の貧困化問題など、先進国としての遅れが顕著になってきている。コロナ危機に直面してこれらの諸問題が一層顕著になった。

 今後、これらの諸問題を社会構造の体質改革を推進する課題として捉え、検討を進めなければならない。そのためにも、平成時代30年間の失政を的確に反省し、現在発生しているパンデミックのリスクにも適切に対応できる体制を整備すべきである。そのためには社会の指導層を含めた人事の刷新が不可欠であり、中長期の計画が必要になる。

 KMC学習所では、これらの問題に関連する話題を取り上げ、科学技術的な観点や情報技術的な立場から分析し、日本社会の構造的体質問題、経済成長と日本の産業構造の問題、デジタル化社会に関連する問題、デジタル教育に関する問題などについて、戦後復興に実社会で携わった一員として諸見解に触れ、考えてみたい。